検事長の定年延長に関する閣議決定の撤回を求める会長声明
検事長の定年延長に関する閣議決定の撤回を求める会長声明
1.政府は,2020(令和2)年1月31日の閣議で,同年2月7日に63歳の定年を迎えることになっていた東京高等検察庁検事長について,同年8月7日までの定年延長を決定した。さらに,同年2月18日には,定年延長後の同検事長を検事総長に任命することも可能であるとの見解を示す閣議決定もしている。
そして,国会において,安倍首相と森法務大臣は,検察官には国家公務員法第81条の2の定年退職の規定は適用されないが,同条を前提にした同法第81条の3による退職の特例としての勤務延長の規定は適用できると解釈変更したとして,定年延長の閣議決定は適法である旨を答弁した。
2.しかし,検察官に国家公務員法の定年延長制度は適用されない。
政府が根拠とする国家公務員法81条の3第1項の定めによれば,定年延長の対象となりうるのは,定年に達した公務員が「前条第一項の規定」により退職すべきこととなる場合である。そして,この「前条第一項の規定」つまり同法81条の2第1項は,「法律に別段の定めがある場合」に該当する公務員を定年延長の対象から除外している。しかるに,検察庁法32条の2は,検察官の定年を定める検察庁法22条が「検察官の職務と責任の特殊性に基づいて」,国家公務員法の特例を定めた規定であること明示している。したがって,検察庁法22条は,国家公務員法81条の2第1項に言う「法律に別段の定めがある場合」に該当し,検察官は同法81条の3による定年延長の対象から除外されていることが条文上明らかである。
法律の制定・改正の経緯をみても,1947(昭和22)年に制定された国家公務員法にはもともと定年制度がなかったが,同じ年に制定された検察庁法は,検察官は63歳に達した時に定年退官することを当初から規定し(検察庁法22条),旧裁判所構成法時代には存在した定年延長制度を規定しなかった。その後の1981(昭和56)年になって国家公務員法が改正され,国家公務員に定年制及び定年延長制度(同法81条の3)が導入された。この法改正の際,政府(人事院)は「検察官(中略)は既に定年が定められ,国家公務員法の定年制は適用されないことになっている。」との解釈であることを明確に答弁した。さらに,この政府答弁の根拠となる文書(想定問答集)では「検察官,大学の教員については,年齢についてのみ特例を認めたのか。それとも全く今回の定年制度からはずしたのか。」という問いについて,「定年,特例定年,勤務の延長及び再任用の適用は除外されることとなる。」との回答が明記されていたのである。
そもそも,検察官は,刑事訴訟法上,捜査・起訴等の強大な権限を持ち,準司法的職務を行うことから,行政権の一部に属しながらも,他の行政権力からの独立が要請される。検察庁法は,その任用資格を厳しく制限する(同法18条及び19条)とともに,他の公務員にはない欠格事由(同法20条)を定め,さらに,一定の年齢に達したときは当然に退官するという定年退官制度(同法22条)を設けている。これらの諸規定は,いずれも「検察官の職務と責任の特殊性に基づいて」国家公務員法の特例を定めたものだと明記されている(検察庁法32条の2)。
したがって,検察官の定年退職制度を規律するのは検察庁法のみであって,国家公務員法によって検察官の定年が延長できると解釈することはできないはずである。
3.にもかかわらず政府が強行した「解釈変更」は恣意的であるし,法治主義,三権分立原則を蔑ろにするものである。
安倍首相は,2020(令和2)年2月13日の衆議院本会議で,従来は検察庁法によって検察官について国家公務員法が適用除外されていたが,検察官も一般職の国家公務員であるため検察官の定年延長に国家公務員法の規定が適用されるものと「解釈を変更した」と答弁した。
しかし,これに先立つ2月10日の森法務大臣の答弁によれば,同大臣は1981(昭和56)年の上記政府解釈の存在を把握しないまま,検察官に国家公務員法の定年延長が適用されるとの解釈を採用する旨を答弁している。法務大臣が把握していなかった政府解釈を安倍首相が認識していたとは考え難い。認識していないはずの解釈を「変更」したという安倍首相の答弁は明らかに不自然である。
一方,人事院給与局長は,当初は「現在まで特に議論はなく,解釈は引き継いでいる」旨を答弁(2月12日)したにも関わらず,安倍首相の上記「解釈変更」との答弁があると,2月19日,「現在までとは法務省から相談があった1月22日までのことだった,言い間違えた。」などと不合理な答弁をするようになった。
さらに2月20日に森法務大臣は,法務省が法解釈変更の経緯を示した文書について,「部内で必要な決裁を取っている」と答弁したが,その文書に日付がないことが判明すると,翌21日,法務省は,「口頭による決裁を経た」などと発表し,同月25日に森法務大臣も「口頭でも正式な決裁だ」と述べた。前代未聞の検察官の定年延長という重要な案件を口頭決裁のみで済ませたとは,およそ不合理で信じ難いことである。
これら一連の政府の対応は,1月31日の定年延長についての閣議決定が,法務省や人事院の正規の決裁も経ないままに,法律の明文を無視し,その制定過程における政府の解釈や国会での議論を調査すらせず,官邸の独断で恣意的に行われたものであったことを如実に示している。法務省や人事院の不合理な対応は,安倍首相の不自然な答弁を取り繕うために支離滅裂な辻褄合わせをしていると言わざるを得ない。
このような解釈変更を許せば,国会で定めた法律を政府が恣意的に解釈・運用することを許すこととなり,法治主義を蔑ろにするものである。しかも,厳正公平,不偏不党を旨として公正誠実に職務することを理念とし,準司法権機関としての地位を有する検察の独立性,中立性を揺るがし,政治的な介入を許すことにもなり,三権分立の原則をも脅かすものである。
4.仮に閣議決定を前提としても,定年延長後の同検事長を検事総長に任命することは本来許されることではない。
政府が根拠とする国家公務員法83条の3第1項によれば,定年延長が許されるのは「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」である。つまり,同項の定年延長は,対象の公務員を当該職務に従事させるために引き続いて勤務させるための制度であって,定年延長後に他の官職に異動させ,あるいは任命することは想定されていないのである。
このように国家公務員の定年延長を限定した趣旨は,時の政府が特定の公務員を恣意的に定年延長することによる政治的な介入を防止して,行政の政治的中立性を確保するためであると解される。
したがって,仮に同検事長の定年を延長するとしても,その理由は,同検事長の現在の職務である「東京高等検察庁検事長」の職務の特殊性やその遂行上の特別の事情があるがゆえに,退職によって公務の運営に著しい支障が生じるからというものでしかありえない。
そのような特別の事情があると言えるかは別論としても,同検事長を検事総長などの他の役職に任命することが可能であるという上記2月18日の閣議決定は,国家公務員の定年延長制度の枠組みを逸脱するものであり,違法の疑いが強い。
5.よって,当会は,司法制度の一翼を担う専門家団体として,検事長の定年延長を決定し,検事総長に任命できるとする2つの閣議決定に対し強く抗議し,いずれについても速やかな撤回を求めるものである。
2020(令和2)年3月27日
岐阜県弁護士会 会長 鈴 木 雅 雄
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