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名張毒ぶどう酒事件第10次再審請求特別抗告棄却決定に対する会長声明

2024.03.12

 最高裁判所第3小法廷(長嶺安政裁判長)は、2024年(令和6年)1月29日付けで、いわゆる名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求の特別抗告審につき、再審請求を棄却した名古屋高等裁判所刑事第1部の原々決定(山口裕之裁判長)、異議申立を棄却した同裁判所刑事第2部の原決定(鹿野伸二裁判長)を是認し、亡奥西勝氏の妹岡美代子氏の特別抗告を棄却する旨決定した(以下「本決定」という)。ただし、原々決定、原決定を取り消して再審を開始すべきという宇賀克也裁判官の反対意見(以下「宇賀反対意見」という。)が付されている。

 

 名張毒ぶどう酒事件は、1961年(昭和36年)3月、三重県名張市で、宴会時に毒物が混入されたぶどう酒を飲んだ女性5名が死亡し、12名が傷害を負った事件である。奥西氏は、同事件の犯人であるとして起訴されたものの、第一審で無罪判決を受けた。しかし、控訴審で逆転死刑判決を受け、上告棄却により死刑判決が確定した。1977年(昭和52年)、日本弁護士連合会が再審支援を決定し、当会会員を含む弁護団が長年にわたって弁護活動を続けた。2005年(平成17年)4月には、第7次再審請求において名古屋高等裁判所で再審開始が決定されたが、その後不当にも取り消された。その後、奥西氏は第9次再審請求の途中で病に倒れ、2015年(平成27年)10月4日、八王子医療刑務所において死刑囚の身分のまま帰らぬ人となった(享年89歳)。

 

 奥西氏の遺志を引き継いだ岡氏は、自ら再審請求人となり、2015年(平成27年)11月6日、第10次再審請求の申立てを行った。

 弁護団は、ぶどう酒瓶の外栓の耳に巻いてあった封緘紙の裏面には、製造時に塗布された糊(CMC糊)に重ねて別の糊(PVA糊)が塗られていることを明らかにした澤渡千枝教授の鑑定(以下「糊鑑定」という。)等、多数の新証拠を提出した。糊鑑定によって、真犯人がぶどう酒瓶の封緘紙を取って開栓し、毒物を混入後閉栓して封緘紙を貼り直すという偽装工作をした疑いがあることが明らかになった。このことは何より、真犯人が封緘紙を二度貼りした可能性があるということは、犯行場所が公民館であって、奥西氏しか犯行機会が無いという確定判決の事実認定に決定的な疑問を生じさせる。奥西氏が捜査段階で行ったとされる自白とも明らかに矛盾する。

しかし、請求審は、澤渡教授の証人尋問など必要な事実取調べを何ら行うことなく再審請求を棄却した(原々決定)。異議審も同様に、糊鑑定について科学的知見に基づく検討を行うことなく異議申立を棄却し、再審開始を認めなかった(原決定)。

 そこで、弁護団は、特別抗告審において、糊鑑定について専門家の意見書、鑑定書等多数の新証拠を提出し、糊鑑定の信用性をさらに補強し、原々決定及び原決定の誤りを科学的に明らかにした。また、検察庁によって開示されていない証拠が2000頁以上存在することを客観的に明らかにしたうえ、裁判所に対し、検察庁にこれら証拠の全面的開示命令を発するよう求めた。

 それにもかかわらず、本決定は、原々決定及び原決定を無批判に追認し、大量の未開示証拠の開示命令すら行わずに特別抗告を棄却した。

 この点、宇賀反対意見は、糊鑑定について、実験結果の正確性を担保する前提に留意して証拠評価し、また、糊鑑定の信用性を否定する多数意見に対しても、論理的かつ合理的な批判を加えて、高い信用性を認めた。科学的知見に基づいた合理的な判断だといえる。その他、確定判決の事実認定や奥西氏の自白の信用性につき多大な疑問が生じる理由等も説得的に示している。その証拠評価は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に忠実になされており、証拠評価の在り方として極めて適切である。

 しかし、本決定は、原々決定及び原決定と同様に、糊鑑定について科学的知見に基づいた判断を行っておらず、その証拠評価も「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反するものである。

 

 以上のとおり、確定判決の有罪認定には明らかに合理的な疑問が生じていると言える。本決定は、極めて不当な決定であり、到底容認できるものではない。奥西氏の遺志を引き継いだ岡氏も現在94歳という高齢であり、速やかに再審を開始し、雪冤を果たすことができないまま他界した奥西氏の名誉回復がなされなければならない。

 

 当会は、再審法(刑事訴訟法第四編再審)に関する法整備を求める総会決議を行い、市民集会を実施する等して、再審に関する法律がほとんど整備されていない現状の法制度には大きな問題があること、特に、証拠開示制度がないこと、再審開始決定に対して検察官が不服申立てできることが深刻な欠陥であることを訴えてきた。名張毒ぶどう酒事件においても、極めて不十分な証拠開示しかなされてこなかった。また、一度は再審開始が決定されたものの、検察官の不服申立てによって未だ再審公判に至っていない。再審法が、証拠開示が十全に行われ、再審開始決定に対する検察官による不服申し立てを認めないものであれば、おそらくは、もっと早くに奥西氏の雪冤は果たされていたことであろう。

 

よって、当会は、本決定に抗議するとともに、改めて再審請求事件における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立て禁止をはじめとする再審法改正の実現を目指して努力する決意である。

 

 

2024年(令和6年)3月12日

 

                         岐阜県弁護士会

                           会長 神 谷 慎 一

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