統一教会被害で明らかになった個人の意思決定の自由が阻害される被害に関する実効的な救済及び予防のための立法措置を求める会長声明
1 違法の本質と立法措置の必要性
2022年7月8日に発生した元首相銃撃事件をきっかけに、宗教法人世界平和統一家庭連合(旧世界基督教統一神霊教会、以下「統一教会」という。)による様々な被害が明らかになっていった。統一教会被害は、統一教会に限らず、団体がその活動に参加する人の精神又は身体における強度の依存状態を作り出し、結果的に多大な経済被害のみならず、家族関係の破壊や子どもの虐待、健全な養育の阻害などの人権侵害を引き起こしていることを明らかにした。
その違法の本質は、個人の価値判断の基準そのものを不当に変容させる勧誘手法が用いられることで、個人の思想良心や信教の自由が侵害されることにある。その結果、個人の価値判断の基準が団体に都合の良いものに変容させられ、団体への強度の依存状態が作り出され、様々な被害を生じさせるのである。
しかし、現行の法制度ではこの被害に十分に対応できていない。被害の実効的な救済とともに再発防止のためには、立法措置が必要である。
2 不当勧誘等防止法等の改正
2022年12月10日、消費者契約法及び独立行政法人国民生活センター法の一部を改正する法律及び法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律(不当勧誘等防止法)が成立した。
もっとも、成立当初より様々な課題が指摘されていた。
例えば、取消しができる消費者契約や寄附行為の規制が限定的であり、様々な悪質な手法を防ぐことができない可能性がある。また、寄附の勧誘を行うに当たって、「個人の自由な意思を抑圧し、その勧誘を受ける個人が寄附をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないよう」に十分に配慮しなければならないとの規定が置かれたが、配慮義務では不十分であるとの指摘もある。前述の被害発生の構造に照らせば、団体の正体や目的を隠した勧誘、助言の機会を奪う形態の勧誘、さらに、寄付等の勧誘を受ける個人が合理的に判断することができない事情があることを利用するなどする勧誘(つけ込み型勧誘)を禁止し、これに反した場合は、寄付等を取り消せるように改正すべきである[i]。
さらに、子や配偶者の婚姻費用・養育費等を保全するために定められた債権者代位権の行使に関する特例については、要件が厳しく取消範囲が限定的であり、また未成年である被扶養者がその行使をすることが困難な現状がある。実効的な被害救済が図られるよう、要件が緩和されるべきである。
不当勧誘等防止法は、施行後2年を目処として必要な措置を講ずるものとされている。効果的な改正が行われるべきである。
3 民法理論の再構築(意思表示、公序良俗違反)について
被害者の判断基準を不当に変容させる被害は、自由な意思決定の侵害に関する問題である。
しかし、伝統的な意思表示理論では、動機形成の前提となる過程を考慮できないため救済が極めて難しい。自由な意思決定が侵害されたにもかかわらず、意思表示が外形上あったことで救済ができない矛盾にどう対応していくか、実際の被害に対応できる法体系への再構築や公序良俗違反の規定や解釈のあり方についても、検討していくべきである[ii]。
4 カルト問題に対して継続的に取り組む組織等の創設が検討されるべきである
前述のとおり、統一教会被害は、団体がその活動に参加する人の精神又は身体における強度の依存状態を作り出し、結果的に家族関係の破壊や子どもの虐待、健全な養育の阻害などの人権侵害を引き起こしていることを明らかにした(以下、このような問題を「カルト問題」という。)。
また、このようなカルト問題によって生じる被害(以下「カルト被害」という。)は、宗教団体のみならず、政治、経済、教育セミナー、心理療法、治療行為、カウンセリングなどを目的とする組織においても生じ得る。被害の内容も様々であり、被害者には、生活保障、就職等の社会復帰のための社会的・福祉的・精神的支援、心理的カウンセリング、いじめ・虐待への対応、ワンストップ型の相談窓口等、幅広い行政的支援が必要である。このようなカルト問題は、消費者・経済問題又は刑事問題にとどまらない人権問題である[iii]。実効的な救済が必要である。
もっとも、カルト問題と対峙する際には、表現の自由、結社の自由、信教の自由をはじめとする精神的自由権との抵触があり得る。精神的自由の制約については、当然、必要最小限でなければならい。
その上で、これらの多様なカルト被害に対応するためには、関係省庁の実務的連携の枠組みだけでは実効的な被害救済として十分とは言い難い。関係省庁が横断的な取組を継続的に行い、一体となって被害者に寄り添った施策を実施できる体制を構築するべきである。
5 今後も被害救済に全力を尽くす
当会は、引き続き、統一教会被害者の被害救済に全力を尽くす所存である。
あわせて、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという使命に基づき、社会秩序の維持と法律制度の改善に努力する義務を負った法律専門家団体として、今後もより実効的な被害の救済及び防止に向けた具体的な提言と活動を行っていく所存である。
2024年(令和6年)3月13日
岐阜県弁護士会
会長 神 谷 慎 一
[i] 日弁連の2023年12月14日付け「霊感商法等の悪質商法により個人の意思決定の自由が阻害される被害に関する実効的な救済及び予防のための立法措置を求める意見書」https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2023/231214_3.pdf
[ii] 前記注ⅰ
[iii] 日弁連の2023年11月15日付け「カルト問題に対して継続的に取り組む組織等を創設することを求める提言」https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2023/231115.pdf
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