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心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察等に関する法律案に反対する声明

2002.12.07

政府は、本年3月15日国会に提出したものの継続審議となった「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察等に関する法律案」(以下、政府案という)を、12月6日衆議院法務委員会において修正のうえ強行可決させ、成立させようとしている。
この政府案の骨子は、殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ及び傷害の行為に当たる行為(対象行為)を行い、心神喪失または心神耗弱であることを理由に、不起訴処分を受けたり、無罪判決あるいは執行猶予付き有罪判決を受けた者について、継続的な医療を行わなくても再び対象行為を行うおそれが明らかにないと認められる場合を除き、検察官は原則として裁判所に対し審判を求めなければならず、裁判所は、裁判官1名と精神科医師1名との合議体で、「医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれがあると認める場合」には、入院ないし通院決定を行うというものである。そして、修正案は、この「再び対象行為を行うおそれ」を削除して、「同様の行為を行うことなく社会に復帰することを促進するため、医療を受けさせる必要がある場合」としたのである。
 しかし、この政府案及び修正案には多くの問題点が存在している。
1.政府案の「再び対象行為を行うおそれ」とは再犯のおそれにほかならず、修正案の「同様の行為を行うことなく社会に復帰することを促進するため、医療を受けさせる必要がある場合」も結局は再犯の予測であって、これを予測することは医学的にも困難なものとされている。従って、その信頼性の極めて乏しい、不確実な再犯予測を前提に、入院期間の更新により無期限に及ぶことのあるような身柄拘束を可能とすることは重大な人権侵害となるおそれがある。また、その判断に当たっては、精神障害者の治療よりも治安のための隔離が優先され、予防的な拘禁になるおそれもある。
2.政府案・修正案によれば、事実の取調、責任能力の有無の認定手続は、非公開であり、職権主義的であり、弁護士である付添人や本人に証拠取調請求権を認めていないし、遡及処罰の禁止や二重処罰の禁止を定めていない。重大な人権制限を課する手続であるにもかかわらず、憲法31条以下の適正手続が保障されていないのである。
3.政府案・修正案は、退院した対象者を保護観察所の監督に服させて通院を確保しようとしている。しかし、保護観察所は、元来刑事政策を担当する機関であり、精神医療の専門機関ではない。同所の監督によって、精神医療の現場に対し、刑事政策的影響が強まる危惧を払拭し得ないのである。
4.政府案・修正案は、重大な他害行為を行った精神障害者を入院・通院において他の精神障害者から分離して処遇しようとしている。しかし、精神治療という観点からは、重大な他害行為を行った精神障害者と他の精神障害者の間で違いはないと言われているのである。
5.そもそも、精神障害者による犯罪行為に当たる事件は、一般市民のそれに比べて、発生率、発生件数ともに高くはなく、再犯率に至っては極端に低いと言われている。時として起こる不幸な事件は精神医療の提供がなく、もしくは医療の中断という事態の中で生じているのである。従って、緊急不可欠な課題は、これら不幸な事件を防止するための精神医療の改善・充実であり、地域における精神障害者に対する偏見や差別をなくし、人権に配慮した地域精神医療体制を確立することである。
 ところが、政府案・修正案は、精神医療の改善・充実策を全く提示しないまま、「犯罪」を犯した精神障害者を隔離し、上記のような人権侵害のおそれの強い特別な処遇を定めようとするものである。それどころか、「精神障害者は危険である」という差別・偏見を助長するものとなりかねない。
 よって、当弁護士会は、政府案・修正案に反対するとともに、早急に精神医療の改善・充実が図られることを求めるものである。

2002年(平成14年)12月7日
岐阜県弁護士会
会長 河合 良房
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