岐阜県弁護士会

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えん罪被害者の救済のために、速やかに再審に関する法整備を行うことを求める決議

2023.05.24

現在の刑事再審制度には多くの問題がある。過去の事例において、通常審(確定審)で開示されなかった公判未提出記録から、再審開始、そして無罪判決に繋がる証拠が発見された例が複数ある。そのため、えん罪被害からの救済のためには、再審手続の請求人及び弁護人が全ての証拠にアクセスできることが必要不可欠である。しかし、現行法には再審手続における証拠開示に関する規定が存在しないため、検察官は証拠開示に応じようとしないことがある。裁判所も検察官に対しては証拠開示を要請するしか方法がないのが現状である。かかる証拠へのアクセスが制限された状況は、えん罪被害者の救済を困難にする重大な要因の1つになっている。

 再審手続における請求人の権利保障を全うするためには、検察官に対し証拠開示を義務付ける制度を設けることが必要不可欠である。証拠開示は、原則として全面開示であるべきだが、仮に一部開示に留まる場合は、請求人側には捜査機関がどのような証拠を保管しているか分からないのであるから、検察官に対し証拠一覧表を作成させ、開示させることを義務付けることが必要である。また、えん罪被害者が無実を示す新証拠にアクセスできるようにするためには、再審申立て前の段階においても、証拠開示又は、少なくとも証拠一覧表の開示を可能にする制度が設けられるべきである。

 再審手続によるえん罪被害の救済を妨げているもう1つの大きな要因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てである。これが許されているため、再審開始決定が出された場合でも、検察官が不服申立てをしたために審理がさらに長期化している。検察官は、再審公判において有罪立証ができるのであるから、再審開始決定が出された場合は、速やかに再審公判が開かれるべきである。現行法においても、再審開始決定が確定した場合、再審公判が行われて有罪・無罪の判決がなされる。真実の究明のためには、審理手続に関する規定に乏しく、したがって裁判所の判断過程の透明性が低い非公開の再審手続よりも、手続に関する法規定が充実し、公開法廷で行われる再審公判による裁判所の審判を受けさせるべきである。そこで、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する法改正がなされるべきである。

 以上のような再審請求手続に関する法改正に加え、えん罪被害が判明したケースについては、事後的な検証を徹底することで再発防止を講じることが必要である。しかし、現状ではそのような検証を行う公的な組織や機関はなく、再審無罪判決の確定という重要な例を得た場合でも、制度の改善には生かされていない。そこで、誤判の原因を究明し、制度改善の方策を提言する第三者機関が速やかに設置されるべきである。

 えん罪という重大な人権侵害を受けた被害者を救済することは、わが国にとって急務である。そこで、当会は、以下のとおり国に対して再審に関する法整備等を速やかに行うことを求める。

 

1 再審請求前及び再審手続において、請求人又は弁護人に対し、検察官に証拠開示を義務付ける内容の証拠開示制度を創設する法改正をすること。ただし、一部開示に留まる場合は、捜査機関が保管するすべての証拠(公判未提出記録を含む)を記載した証拠一覧表を作成し、これを請求人又は弁護人に開示することを検察官に義務付ける法制度を創設する法改正をすること。

2 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁ずる旨の法改正をすること。

3 再審開始決定及び無罪判決が確定した事件について、誤判原因を究明して再審制度の改善につなげる検討・提言を行う第三者機関を設置すること。

以上のとおり決議する。

2023(令和5)年5月24日

岐阜県弁護士会

 

提 案 理 由

第1  「国家による最大の人権侵害」であるえん罪被害と再審法の意義

1 再審はえん罪被害を救済する「最終手段」である

えん罪は、犯人とされた者やその家族だけでなく、犯罪の被害者やその関係者の人生をも狂わせる。えん罪は、紛れもなく国家による最大の人権侵害の一つである。

日本国憲法は、一人ひとりの人間をかけがえのない存在として大切にするという「個人の尊重」を究極の価値としている(憲法13条)。このような日本国憲法の下では、無実の者を国家が処罰することが絶対にあってはならないことは当然の帰結である。そのため、日本国憲法は、それ自体の中に多数の刑事手続関連条項を設け(憲法31条から40条まで)、刑事訴訟法等の法律を充実させることによって、えん罪の発生を防止しようとしている。

しかし、それでもえん罪は発生してきた。そのことは、近時、次々と明らかとなった再審無罪の事例に端的に現れている。我が国でも、10年、20年、時には人生の大半をかけて、無実を主張するえん罪被害者が後を絶たない。いわゆる「死刑再審4事件」(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)や、同じく死刑事件で再審開始決定が確定した袴田事件の例をあえて引くまでもなく、ときには死の淵に立たされるえん罪被害者を救済する「最終手段」こそ、再審なのである。

2 再審法の不備は明らかで抜本的な見直しが必要である

このように重要な再審制度であるが、現行法上、再審手続について定めた規定は、刑事訴訟法第4編「再審」の、わずか19条の条文のみである(これら条文を以下「再審法」と表記する。)。

 そのため、再審は、本来定められるべき諸制度が定められず、えん罪被害の救済という目的を十分に果たしているとは言い難い。えん罪被害の救済のためには、再審法を抜本的に見直す必要がある。

 

第2  再審事件の前進と市民の関心の高まり

1 再審事件の歴史的経過

再審やえん罪被害に対する市民の関心は、時代を追うごとに高まりを見せている。

1970年代から1980年代にかけて「死刑再審4事件」で相次いで再審無罪判決が出たことは、市民の関心を大いに高めるきっかけとなった。その後の検察による激しい抵抗と裁判所の姿勢の後退によって、「再審冬の時代」、「逆流現象」などと言われた1990年代を経て、2009年(平成21年)、足利事件が、DNA型再鑑定によってえん罪であることが明白となり、17年間服役した元被告人が再審開始決定前に釈放されたことで大々的に報道がなされ、一躍世間の注目を浴びることとなった。

さらに、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の支援事件では、2011年(平成23年)に布川事件、2012年(平成24年)に東京電力社員殺害事件、2016年(平成28年)に東住吉事件、2019年(平成31年)には松橋事件で、それぞれ再審無罪判決が言い渡された。また、後に検察官の不服申立てによって取り消されたものの、2002年(平成14年)には大崎事件(第1次)、2005年(平成17年)には名張事件、2011年(平成23年)には福井女子中学生殺人事件、2014年(平成26年)には袴田事件、2017年(平成29年)には大崎事件(第3次)でも、それぞれ再審開始決定が出された。

その後も、2017年(平成29年)には湖東事件、2018年(平成30年)には日野町事件、そして前述した袴田事件で、それぞれ再審開始決定が出され、湖東事件は無罪判決が確定し、袴田事件では再審開始決定が確定した。

2 岐阜県内でも再審無罪判決が出されている

岐阜県内においても、被告人の無実を示す証拠(速度超過の自動車の運転者が別人であることを示す写真)があったにもかかわらず、捜査機関と裁判所がこれを見落とし、無実の者が有罪判決を受けた例がある。この事件では、弁護人の関与がないままに略式裁判手続により罰金の有罪判決が言い渡された。ところが判決確定後に身代わり犯人であったことが判明し、再審開始決定がなされ、その後、再審無罪判決が確定した。えん罪被害は、市民にとっても大きな関心を寄せるべき問題であることを示す身近な例であると言える。

3  再審に対する市民の関心はこれまでになく高まっている

このように、近年、再審開始決定や再審無罪判決が相次いでいる。このような状況を前に、再審やえん罪被害に関する様々な報道がなされ、中学、高校の社会科の教科書でも再審が取り上げられるなどの取り組みがなされてきた。そして、2023(令和5)年2月27日には日野町事件について大阪高等裁判所が、次いで同年3月14日には袴田事件について東京高等裁判所が、それぞれ再審開始を支持する決定をした。特筆すべきは、日野町事件は、戦後二例目の死後再審であり、袴田事件は、前述のとおり、死刑事件だということである。このような情勢のもと、市民の再審やえん罪被害に対する問題意識、そして再審支援活動に対する関心は、これまでになく高まっている。

 

第3  早急な改正が求められる再審法の問題点

1 再審法は未整備でえん罪被害の救済が遅々として進んでいない

その一方で、肝心の再審法のあり方は、えん罪被害者の救済のための制度として未整備で不十分なままに留まっている。

再審制度の主要な目的は、人権擁護の理念に基づいて、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することである。すなわち、現在の再審法は、憲法39条が「二重の危険」の禁止を基本的人権として保障していることを踏まえ、戦前の旧刑事訴訟法では認められていた不利益再審を廃止し、利益再審のみを認めることとしている。したがって、再審の目的は、もっぱらえん罪被害者を救済することにあり、無実を訴える者の人権保障のために存在する制度である。しかしながら、我が国においては、「開かずの扉」と言われるほどに、極めて厳しい要件の下にしか再審開始が認められず、えん罪被害者の救済は遅々として進んでこなかった。

2 えん罪被害の救済が進まないのは再審法の制度的な問題による

そして、それは決して各事件固有の問題ではなく、再審法及びその運用に関わる制度上の問題である。

前記のとおり、現行法上、再審手続について定めた規定は、わずか19条しかない。第二次世界大戦後、日本国憲法の下で、捜査及び公判手続の規定は大きく改正され、被疑者・被告人に、単なる手続の客体ではなく、当事者としての主体的な地位を認めることで、被疑者・被告人の人権を保障しようとする当事者主義的訴訟構造へと変化した。しかし、上訴以降の規定については時間的な制約もあって十分には改正が及ばず、再審手続に関する規定は、前記の「不利益再審」を廃止したほかは、ドイツ法由来の職権主義的訴訟構造を基調とする戦前の旧刑事訴訟法の条文がほぼそのまま現行法に踏襲された。再審手続に関する規定が極端に少ない背景には、以上のような歴史的経緯がある。このように、再審請求手続は職権主義的構造とされ、手続の主導権は裁判所に委ねられている。さらに、再審手続に関する詳細な規定が存在しないことから、裁判所の裁量が極めて大きく、進行協議の実施、証拠調べ(証人尋問、鑑定など)の実施、証拠開示に向けた訴訟指揮の有無など、手続のあらゆる面で裁判所ごとに違いがあり、統一的な運用がなされていないのが現状である。これでは、再審請求を行う者に適正手続(憲法31条)が保障されているとは言えない。

さらに、現在の再審実務では、再審請求手続の進行が遅滞し、再審開始の判断までに極めて長い年月を要している例が多く見られる。このような現状では、迅速な裁判(憲法37条1項)という憲法上の要請も実現できているとは言い難い。

現行の再審法は、その憲法適合性に重大な疑義が生じているのである。

3  特に重要な問題は証拠開示と検察官の不服申立ての2点である

私たち弁護士は、再審法の整備改正に向けて、長年にわたり活動してきた。1960年代から1990年代にかけて、日弁連では再審法の改正を要求する趣旨の総会決議、大会決議及び理事会決議が繰り返しなされている。特に問題意識が向けられたのは、えん罪被害者を救済する「最終手段」であるはずの再審請求手続において、証拠開示に関する明文の規定が存在しないこと、そして、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが許容されているため、審理が極めて長期化していることの2点であったと言える。

 

第4  再審請求手続における証拠開示の制度化

1  再審には証拠開示制度がなく弊害が極めて大きい

通常審における証拠開示については、2004年(平成16年)の刑事訴訟法改正において、公判前整理手続や期日間整理手続における類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化され、さらに2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正において、証拠の一覧表の交付制度が新設された。このように、通常審における証拠開示については、日弁連が提言している全面的証拠開示には及ばないものの、一定の制度的前進は見られている。

しかし、再審請求手続における証拠開示については、今なお何らの規定も設けられておらず、裁判所の訴訟指揮に基づいて証拠開示が行われているのが現状である。しかし、証拠開示の基準や手続が明確でなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、再審請求手続における請求人や弁護人の証拠開示請求に対する裁判所の態度としては、何の判断もしない場合から、証拠リストの開示要請、証拠開示の勧告、そして証拠開示命令に至るまで、判断や対応は様々であった。それゆえ、再審事件を担当する弁護人からは、全ての裁判所において統一的な運用が図られるよう、証拠開示の制度化が強く望まれてきた。

実際にも、再審において無罪判決が確定した布川事件、東京電力社員殺害事件、東住吉事件及び松橋事件では、通常審(確定審)では証拠請求されなかったものの当時から存在していた証拠が、再審請求手続又はその準備段階において開示され、それが確定判決の有罪認定を動揺させる大きな原動力となった。また、再審係属中、あるいは無罪判決確定前の事件ではあるが、袴田事件、大崎事件、日野町事件、福井女子中学生殺人事件でも、再審請求手続における証拠開示が、(一部、取り消されたものがあるとはいえ)再審開始決定に大きく寄与している。

なお、再審において無罪判決が確定した湖東事件では、再審公判の段階になって、警察から検察庁に送致されていなかった無罪方向の証拠が新たに開示されているが、再審無罪判決の言渡後に裁判長が行った説諭では、「本件再審公判の中で、15年の歳月を経て、初めて開示された証拠が多数ありました。そのうち一つでも適切に開示されていれば、本件は起訴されなかったかもしれません。」と述べられているほどである。このように、えん罪被害者の救済という再審の理念を実現するためには、通常審段階において公判に提出されなかった証拠を再審請求人に利用させること(再審における証拠開示)が極めて重要である。

2  証拠開示制度に向けた日弁連の取組

再審請求手続における証拠開示については、2016年(平成28年)の刑事訴訟法の改正の時にも検討がなされた。法制化には至らなかったものの、附則9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示……について検討を行うものとする。」と規定され、現在、この規定に基づいて、日弁連を含む関係機関の協議が続けられている。

また、日弁連は、2019年(令和元年)5月10日、「再審における証拠開示の法制化を求める意見書」を公表した。同意見書では、えん罪被害を救済するためには、本来であれば、捜査機関が作成又は入手した全ての証拠について、その一覧表の交付を受けた上で、証拠を閲覧謄写する機会が与えられることが必要であると提言されている。この点、通常審については、公判前整理手続又は期日間整理手続による証拠開示制度が法制化されているのに対し、再審請求手続における証拠開示については、そもそも規定すら存在しないことから、無罪方向の証拠に容易にアクセスできないなど様々な弊害が生じており、もはやこのような状態を放置しておくことはできない。そこで、日弁連は、上記意見書において、現行の再審請求手続の在り方を前提としつつ、現在の再審実務の運用も踏まえて、「再審における証拠開示制度要綱案」という形で証拠開示のルールを明文化することを提案している。

上記の証拠一覧表の作成、交付は、弁護側から証拠開示を求めたときに、検察官から「不見当」として、証拠開示を拒否され、裁判所からそれ以上勧告を出したり、検察官に対して釈明を求めたりできずに、証拠開示が進まない事態への対抗策としても有効である。一定の要件のもとで、検察官は捜査機関が保管する証拠(公判未提出のすべての証拠)について証拠一覧表を作成し、これを開示する法制度を創設することが必要である。

3  海外では全ての証拠にアクセスできる

ちなみに、海外の諸国では、職権主義的訴訟構造、当事者主義的訴訟構造のいずれかを問わず、わが国の再審請求手続に相当する手続で、捜査機関が作成又は入手した証拠にアクセスする手段が保障されている。

例えば、職権主義的訴訟構造を採用するドイツにおいては、まず、公訴提起の際に裁判所に送致された一件記録に編綴された全ての記録及び証拠について、原則として弁護人の記録閲覧権を保障している。これは、被疑者・被告人の法的聴聞請求権(日本でいう「裁判を受ける権利」)や公正な手続を受ける権利に由来するとされる。

また、当事者主義的訴訟構造を採るイギリスでは、司法から独立した刑事事件再審委員会(CCRC)が誤判を調査する責務と権限を有し、公的機関や私的団体から文書を入手する一定の権限を付与されている。同じく当事者主義を採るアメリカでもCCRCと同様の機能を持つ委員会(ノースカロライナ州の無実調査委員会など)を置く州があり、同委員会には、裁判所や行政機関に法令で認められている情報アクセスのための諸権限が付与されていることから、その権限を用いて未提出証拠の中から新証拠を発見することができるようになっている。特に、確定判決時に存在しなかった証拠開示ルールの遡及適用が認められているため、確定判決時の被告人には開示請求権がなかった証拠群へのアクセスも可能となっている。アメリカでは、DNA型鑑定などの科学的証明方法を利用する機会を保障する制度として、有罪判決が確定した後であっても鑑定資料となる証拠物を利用して鑑定を求める権利を認める法律(証拠アクセス法)が全ての州で整備されており、それ以外の証拠についても、再審請求人自らに証拠開示を請求する権利を保障する制度として、有罪確定後救済法を制定している州もある(イリノイ州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州など)。

さらに、ドイツ法や日本法の影響を強く受けた台湾でも、有罪判決の確定後、再審請求のために、公判において蓄積された記録のみならず、捜査段階で収集された記録及び証拠も含めた一件記録の閲覧が認められている。そして、近時の判決(最高行政裁判所の判決を含む。)において、その法律上の根拠が行政法規である「档案法」(公文書管理法)等にあることが確認されるとともに、電磁的記録の閲覧も認められた。その後、2016年(平成28年)11月には、有罪判決確定後のDNA型鑑定の請求手続を明文化する法律も制定された。

このように、海外では、国によってその形態は様々であるが、捜査機関が作成又は入手した証拠にアクセスする機会を保障する制度が整備されている。

4 再審請求前における証拠等開示の必要性

松橋事件では、自白供述において「凶器に巻いた後燃やした」とされていた布片が、再審請求の以前から検察庁に保管されていたことが分かった。検察官が弁護人に証拠物の閲覧許可をしたことによって発覚したものであるが、この証拠の発見は再審開始決定に決定的な影響を与えた。

しかし、再審請求前の証拠開示については法律で明文化されておらず、検察官から個別に閲覧許可を得るという方法しかない。そのため、検察官次第で対応にばらつきが出る可能性があるし、検察官の裁量に委ねてしまうと、これまでの検察官の証拠開示に対する消極的な姿勢に鑑みると閲覧請求を拒否する対応となることが懸念される。

再審開始の要件として、証拠の新規性が求められていることから、特に再審請求前の証拠開示については、必要に応じて証拠開示が実現される仕組みを作る必要があり、そのことが再審開始への道筋を大きく広げるものであると言っても過言ではない。無罪を言い渡すべき新証拠にアクセスする利益の保護を十全あらしめるために、再審請求前の段階で、検察官に証拠一覧表を作成させ、開示させる制度も実現されるべきである。

それゆえ、有罪判決確定後に再審の請求をしようとする者、再審の請求をした者又はこれらの者の弁護人から、検察官に対して、公判未提出証拠の開示、ないし証拠一覧表の開示の申出があったときには、検察官は再審請求の前であっても、証拠等の開示に応じることを義務づける証拠開示法制度を創設すべきである。

証拠開示制度のあるべき姿は、捜査機関の手元にある未開示証拠の全面開示である。一部開示に留まる場合も、証拠一覧表の作成、交付制度を設けることが最低限必要である。我が国においても、再審請求手続で開示された証拠がその後の開始決定において決定的な役割を有する事件が多数存在し、さらに、現に係属している多くの再審事件において一刻も早い証拠開示が求められている実情に鑑みれば、証拠等開示の制度化は、早急に実現しなければならない課題である。

 

第5  再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

1 多くの再審開始決定に対して検察官は不服を申立てている

松橋事件、湖東事件、大崎事件、袴田事件、恵庭事件、日野町事件の各事件についてはいったん下級審において再審開始決定が出されたにもかかわらず、つまり請求人の主張が認められたにもかかわらず、検察官の不服申立てを経て最高裁判所に係属することになったものである。とりわけ、松橋事件、湖東事件、大崎事件及び日野町事件は、高等裁判所で再審開始方向の決定が出たにもかかわらず、検察官が特別抗告したことで最高裁判所に係属した事件である。なお、湖東事件及び松橋事件では再審無罪判決が確定し、袴田事件では再審開始決定が確定した。その一方で、大崎事件では、最高裁判所において再審開始決定が取り消され、その後の再審請求も棄却されている。

2  検察官による最高裁への不服申立てには疑問が多い

そもそも、法の定める特別抗告理由は、憲法違反及び判例違反に限定されており(刑事訴訟法427条、433条1項、405条)、かつて検察官は再審開始決定に対して即時抗告することはあっても、最高裁判所に対する特別抗告までして争うケースは稀であった(いわゆる「死刑再審4事件」のうち、検察官が特別抗告したのは、地方裁判所で再審請求棄却、高等裁判所で逆転再審開始となった免田事件のみである。)。ところが、近時では、即時抗告のみならず、特別抗告までして争うケースが多くみられる。

松橋事件では、検察官は、再審開始決定に対し、即時抗告のみならず、最高裁判所に特別抗告までして争った。しかし、最高裁判所は、「本件抗告の趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。」と述べて、検察官の主張を排斥した。そして、再審公判においては、検察官は有罪立証を行わず、再審無罪判決に対しても上訴権放棄を行って、即日再審無罪が確定した。

湖東事件では、検察官は、法律審であるはずの特別抗告審においても、医師の検察官面前調書や意見書の証拠調べ請求を行うなど、原決定の事実誤認の主張を繰り返したが、最高裁判所は、松橋事件と同様、検察官の抗告には理由がないとして、検察官の主張を排斥した。

このような経過に照らせば、果たして前記各事件において検察官が特別抗告を行ったことに合理的理由があったのか、甚だ疑問である。以上のとおり、再審開始決定がされた事件について、検察官がことごとく即時抗告、さらには特別抗告を繰り返す現状は、これまでにはない、極めて特異な状況にあると言える。

さらに、袴田事件では、静岡地方裁判所は、2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定をしたものの、検察官の即時抗告を受けた東京高等裁判所は、2018年(平成30年)6月11日、再審開始決定を取消す旨の決定をした。既に事件発生から50年以上が経過し、元被告人も相当に高齢となっている。これまでの長きにわたる再審請求手続を経て、ようやく再審開始決定が出されたにもかかわらず、検察側の即時抗告によって、元被告人は、更に時間をかけて再審開始に向けて闘いを続けざるを得なくなったのである。ようやく再審公判の開始にこぎつけたとはいえ、元被告人及びその家族の失われた時間と受けた苦痛の大きさは想像するに余りある。

しかも、大崎事件では、鹿児島地方裁判所が、第1次再審請求では2012年(平成24年)3月26日に、第3次再審請求では2017年(平成29年)6月28日に、それぞれ再審開始決定を行い、特に後者については、福岡高等裁判所宮崎支部も、2018年(平成30年)3月12日に検察官の即時抗告を棄却して、原審の再審開始決定を維持した。にもかかわらず、検察官の特別抗告を受けた最高裁判所は、2019年(令和元年)6月25日、再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却した。3回にもわたり再審開始方向の決定が出され、繰り返しえん罪の疑いが指摘されているにもかかわらず、検察官の即時抗告や特別抗告によって再審開始に至ることができず、その結果、最高裁判所で再審開始決定が取り消された。これによって、再審公判において確定判決の有罪認定を再検討する機会すら奪ってしまったのである。

3 再審開始決定に対する不服申立てがえん罪被害の救済に多大な時間を要している原因である

繰り返しになるが、再審の目的は、もっぱらえん罪被害者を救済することにあり、無実を訴える者の人権保障のために存在する制度である。しかし、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対する検察官の不服申立てがされれば、再審開始要件の高いハードルを一度越えた請求人に対して、更に重い防御の負担を課し、長い審理時間も要することになってしまう。これでは、えん罪被害者の速やかな救済は期待できず、現状の法制度は憲法適合性への疑義を生じかねない。例えば、名張事件は50年間、袴田事件は42年間、大崎事件は28年間、日野町事件は22年間にわたって再審請求が続いている。これらの事件は、いずれも一度は再審開始決定が出された事件である。しかも、この間、名張事件や日野町事件の元被告人は既に亡くなり、大崎事件の元被告人は今年で96歳、袴田事件の元被告人も87歳と、いずれも相当な高齢となっており、もはや一刻の猶予も許されない。

そもそも、いったん再審開始決定が出されたということは、確定判決の有罪認定に対して合理的な疑いが生じたということであるから、もはや確定判決の正当性は失われており、誤判を是正する必要性に比べて確定判決を維持しておくべき利益は減少している。また、仮に検察官が確定判決の正当性を主張する必要があると考えたとしても、再審公判においてそのような主張を行う機会は保障されている。したがって、再審請求手続の無用な長期化を防ぐためには、再審開始決定に対する検察官による不服申立ては禁止されるべきである。

4  海外では検察官の不服申立ては認められていない

ちなみに、海外においては、英米法圏の各国では、通常審においても一般的に検察官による上訴を認めていない。また、フランスでも、審理委員会の付託を経て裁判構成機関が再審・再審査請求に理由があると判断したときは、言い渡された有罪判決を取消すこととし、この取消決定に対する不服申立てはできないとされている。ドイツでは、今なお利益再審のみならず不利益再審も認められているが、それでも1964年(昭和39年)の改正によって、再審開始決定に対する検察官の即時抗告は明文で禁止された(ドイツ刑事訴訟法372条ただし書)。

5  えん罪被害の速やかな救済には検察官の不服申立ての禁止が必須である

我が国においては、再審開始決定に対する不服申立てによって、再審公判が開かれず、えん罪被害者の救済がなされないという極めて深刻な状況となっている。前述のとおり、仮に検察官が有罪立証を要すると判断するのであれば、再審公判で行えば足りることである。えん罪被害者の速やかな救済のために、再審開始決定に対する検察官による不服申立ては、早急な法改正によって禁止されるべきである。

 

第6 第三者機関による検証委員会の設置

1 捜査過程や裁判所の事実認定過程の検証の必要は高い

これまでの各再審事件における再審開始決定や再審無罪判決は、自白偏重がえん罪の温床であることを明らかにした。客観的な証拠が乏しい状況で、いきおい捜査機関は被疑者から自白を得るため、長時間にわたる取調べや誘導による取調べをしてきた。その結果、事実とは異なる虚偽自白がなされてきた。客観的な証拠がないところを被疑者の自白で補おうとするために自白が不合理に変遷することになる。このような捜査機関による自白偏重の捜査については、検証の必要性が高い。

捜査機関が自白偏重になるのは、一旦捜査段階で自白してしまうと、いくら公判で否認しても、裁判所は被告人の言い分を信用しない傾向があるからである。自白さえあれば有罪にできるなら、捜査が自白偏重になるのは当然である。例えば、布川事件では、捜査段階での被疑者らの自白が通常審(確定審)での有罪判決の有力な証拠となったが、その信用性に関し客観証拠との矛盾をはじめとする種々の疑念が提起され、再審開始決定及びその後の無罪判決に至っている。

自白のあった再審無罪事件は、結局、裁判所が虚偽自白を信用したものにほかならない。客観的な証拠と捜査段階の自白とに矛盾があっても自白を優先し、また、不合理に自白が変遷していても、変遷の経過を仔細に検討することなく、本人の自白や共犯者の自白に信用性を認めてしまったのである。この点は、えん罪事件に共通する特徴といっても過言でない。

このように、裁判所の事実認定の過程についても検証の必要性が高い。

2 証拠隠しの問題も検証されるべきである

証拠隠しによる誤判の問題も意識されるべきである。松橋事件では、自白と矛盾する証拠が敢えて隠されていた疑いがある。被告人が、凶器に巻き付け、その後燃やしたと自白した布が、実際には検察庁に証拠物として保管されていたのである。仮に通常審段階で自白と矛盾する布が証拠として提出されていれば、無罪になっていた可能性が高い。それゆえに、検察官は、あえて証拠を提出しなかったのではないか(もちろん、これだけ明白に虚偽自白を裏付ける証拠があるなら、そもそも検察官は起訴すべきではなかったというべきである。)。こうした「証拠隠し」もまた、再審無罪事件でしばしば見られる特徴である。

3 無罪を明らかにする決定的な証拠すら見逃されたのに原因は究明されていない

前述した岐阜県内における再審無罪事件の例では、犯人が別人であることを示す写真という、客観的かつ明白な証拠があったにもかかわらず、捜査機関も裁判所もこれを見過ごしている。重大な誤判がなされたのであるから、本来はその原因が徹底的に究明されるべきである。そこで再審公判において、弁護人は誤判の原因究明を求めて捜査を担当した取調官や略式命令を発した裁判官の証人尋問などを請求した。ところが、裁判所は弁護人の請求証拠を一切採用することなく審理を終結させてしまった。被告人には無罪が言い渡されたが、誤判の原因は究明されないばかりか、何らの検証もされないままである。

4 検証委員会による誤判原因の検証

再審無罪事件における以上の各問題点を踏まえ、国は再審開始決定が確定し、再審無罪となった事件について、誤判原因を検証するための検証委員会を設置するべきである。この検証委員会は、捜査機関はもとより、裁判所を含めた関係機関からの独立性が保障され、十分な権限(調査権限を含む)を付与された公的な第三者機関とされるべきである。検証委員会の構成メンバーとして考えられるのは、①学識経験者(刑事法、憲法、国際人権法、行政法等法学者、心理学者、法医学者)、②法律実務家、③報道関係等の有識者、④誤判事件の救援に関わった市民(刑事人権団体構成員)、⑤誤判事件の当事者等とするのが適切である。

検証委員会には、確定記録のほか、公判不提出の記録の提出を求め、証人喚問、証人尋問等を実施できる権限を与え、それを実効あらしめるため、関係機関等に対する強制調査権限を付与されるべきである。また関係機関に対して、誤判防止のための制度の運用改善、改革を勧告、提言する権限も付与されるべきである。

 

第7 結語

現行刑事訴訟法が施行されて74年を経た今もなお、再審法は何ら改正されることなく、現在に至っている。しかし、近年、相次ぐ再審開始決定や再審無罪判決によって、再審やえん罪被害に対する市民の関心は高まっている。また、報道機関の論調を見ても、単なる個別事件の報道にとどまらず、コラムや社説で、また単発の記事ではなく特集や連載で、えん罪被害者がなかなか救済されない現状や、その背景にある再審法の問題にまで切り込む報道が増えてきた。このように、再審法改正を求める世論の声は大きな高まりを見せており、再審法改正の必要性をさらに広く市民に訴え、これを実現するには、今をおいて他にない。

本決議の直前の時期に、再審に関して2つの重大な出来事が起きている。それは、事件本人が死亡した後に高等裁判所で再審支持の決定がなされていること(日野町事件)、及び死刑事件において再審開始決定が確定したこと(袴田事件)である。これらの出来事は、現状の制度の不備をいっそう露わにするものであって、直ちにこれを是正することが必須である。

当会は、えん罪被害者の声に真摯に耳を傾け、引き続き再審支援活動を行うとともに、在るべき再審法の改正に向けて、全力を挙げて取り組む決意である。

以 上

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